2025 参院選の行方 [物価高対策 少子化 参政党 ハンガリー こども家庭庁]
今日も参院選の選挙カーが仕事の電話の邪魔をする。
その場しのぎの、実現の可能性の検証もされていないであろう理想か虚構を声高に叫び走り去っていく。物価高対策?賃金上昇?単純に原材料費の世界的高騰から来る自然な流れで特に政治の影響は感じられない。
高度経済成長もバブル崩壊も政治のせいではない。勝手に起きたこと。世の中の景気を政治家が左右出来ると考えている時点で虚言。肝心なのはその波が来た時の備えを作れるかどうか。
備えは平時には見えない。評価されない。国民は目に見えるニンジンにしか票を入れなかった。どこの政党も政治家もニンジンの話しかしていなかったけれど。
ただ今回の参院選はこれまでと雰囲気が違うように感じる。周辺やネット、メディアでも、これまでのように無関心を煽っていただけの印象と異なる。何か怒りが漂っている。悪く言えばヘイト気味。ただ国民の怒りも抑えきれないレベルに来ているように思う。
怒りに点火したものは何か。ズバリいえば参政党の浸透。どの政党も大声では言えなかった負の部分を忖度無しで発信し続けた結果といえる。切り取り気味の「高齢者に子供は産めない」は賛否の人間両方に刺さった。
物価高、賃金格差、社会保障料の高さ、米の価格・・・お金の問題は流動的であり、時の景気にも左右され政治でコントロールすることは難しい。国家の安定に不可欠な税収は人口、働き手の割合によって負担率を変えなければならなくなる。消費税を下げる、なくすと発する政党は代替案を明確にしろ。理想論で国はもたない。
このブログで政治の最大の問題点は少子化を止められないことだと記してきた。子供のいない人生も、産めない人の辛さも、同性婚も考慮は必要。ただし人口統計グラフが逆三角形の国家がずっと成立するのは物理的に不可能だ。現時点で手遅れだし、今30代くらいまでの世代の税負担の重さは死ぬまで続くだろう。
せめて20代以降の人が生きる未来には希望が持てるような政治に転換しなければ、日本は滅亡するか多民族国家になるだろう。物価高対策やその他の問題の改善も大事かもしれない。しかし根底の問題を失策続きで泥沼化しておけば、諸所の問題の改善策も飲み込まれてしまう。物価高対策も賃上げも未来の税収不足には焼け石に水。
他の人は知らないが、個人的にむかつくのは失策に責任も取らず、効果の検証も公開せず平然と異次元の少子化対策と言い放っていた政治。なんなら今年は物価や社会保証料のことばかりでまた目の前のニンジンの話ばかり。政党やおのれの政治生命を伸ばすためには将来の地獄は無視。自身が私腹を肥やし議員年金を枕に死ねればいいのだろう。
いい加減に目を覚ませよ政治家も国民も。参政党よりキツめに言えば40代以降の日本滅亡誘導世代は全員消費税100%で未来の子供たちに還元しろ。生活出来なくなったら野垂れ死ねば国としては大助かり。30年以上無策でのうのうと生きてきた世代はさっさと全滅しろ。自業自得だ。自分もその一人だ!
毎度一度極論を吐き出さないといられない性質なので・・・。
でも何度でも言う。全振りに近い形で結婚支援と出産支援をせよ。子育て支援も高齢出産支援も産めた人や産む意思のある人への支援。心を鬼にして制限しないと少子化は改善しない。見当違いの施策もやめろ。性教育指導員やマッチングアプリなどや。まずは若者の将来への不安を取り除かないと結婚も出産もする気にならない。
ましてや時の大臣のくだらない釈明を見て何も思うことはないか?
少ないから許されるわけないだろ!少ないならなおさら効果的に使えや!
効果があった中抜きよりたちが悪いわ!
こども家庭庁予算ファクトその2
— 三原じゅん子 (@miharajunco) 2025年7月16日
「公金中抜き」とのご批判が多いのですが実際には1番少ない庁。 pic.twitter.com/B2xwIA5L6j
やっても無駄な施策や時期尚早、順番が違う政策がどうか見当がつかない大臣はすぐにやめろ。ウケのいい正義面だけの約束もいらん。これから結婚する人や出産する人が得をするだけのアイデアにすべての無駄施策代を投入せよ。出来ない?無駄は出来るのに?100%正解はないけどせめて効果が見込めることだけやれよ。
試しに「ハンガリー 少子化対策」と検索してみるといい。
言葉を借りれば「静かな有事を本物の有事並みの危機感で挑めるか」ということ。
タイムスリップして30年前の自民党に伝えることは出来ない。
ならば今日から30年後の未来を想像して動け。選挙に行け!
宮島未奈 成瀬は天下を取りにいく 感想 考察 [文庫化記念]
「成瀬は天下を取りにいく」という作品を認知し読んでから2年強。文芸界隈の席巻にとどまらず、漫画化や地域イベントへと広がっている。
作品の求心力は読んだときに感じられたが、出版社の広告の力の入れ具合に始まり、各書店へ波及したその熱量が本屋大賞へと導く。このネット上だけに収まらなかった一体感とはなんだったのか、それが何故生まれたのかを考えてみたい。
初動の新潮社の動きが他作品とは異なる。デビュー作の帯に何故あれだけの推しコメントを集められたのか。これは完全に出版社サイドがいけると踏んだに違いない。どうやって拡販するのかを練り、様子見はせずに最大風力で発売させている。
この初動がなかったとしてもおそらく口コミやSNSで面白さは拡散していったと思う。しかしこの新潮社の最初の動きがなければ、現時点でのシリーズ累計140万部には至ってなかったと思われる。社内に確かな目利きがいたということなのだろう。
世の中に面白い小説は数あれど、短期間で拡散された理由は何だったのか。それが持続した理由は何故か考察していく。
ざっくりと感じている理由は以下。
①作品の面白さが小説好きだけをターゲットにしていない。
②小難しくも説教くさくもなく、敵を作りにくい設定。
③しかし万人受けではないニッチな視点で読者を満足させる。
④表紙もタイトルも万人受けを狙わす印象重視。
⑤著者も異端。
もちろん大ヒットの要因の核として文章のうまさが挙げられる。成瀬を読んだときに一番感じたことは「読みやすい」だった。文章力なのか小難しさを極力排除したのか技術的なことは分からないが、とにかく面白さも相まって手が止まらない、疲れない。これが小説好きだけにとどまらない層への浸透、そして離脱率の低さを作っている。
そして年齢層へのアプローチも凄い。言い方は良くないかもしれないが遅咲きだったことが功を奏している。勘違いをさせたくないが年を取っているだけではこの文章は書けない。各世代や性別を良い意味で無視した知識のアウトプットが各所でアクセントとなっている。
たとえば成瀬を世に知らしめた1話目の「ありがとう西武大津店」だけでもテレビとSNSを上手く組み込んでいる。平和堂や西川貴教といった具体的なローカルスターを登場させることにより地元民には愛着、それ以外には変な好奇心を植え付ける。最初に絶妙だと思ったのは島崎の母親の想定される年齢。「あかりちゃんってほんとウケる」は50代には下に、島﨑自身の年齢から30代には上に想像出来る。
他の話でもいくつもの各者にささるワードが散りばめられている。おまけを含む今回の文庫だけでも、みうらじゅん、ライオンズの選手、ソーシャルディスタンス、Twitter、ミルクボーイ、うみのこ、ストⅡのベガ等々 著者の年齢性別地域に関係ない守備範囲とマニアックにいかないサラッとした使用に好感がもてる。
年齢性別を超える共感を得るために成瀬のキャラ設定も上手かった。今のところその理由は明かされていないが、スマホを持たず現代知識に興味はないが年齢不詳の昔のことは知っている不思議な中学生。次作では大学生になり、少しだけ現実社会よりも未来の話になったりする。時系列が行ったり来たりするのも面白い。
読みやすさで多くの読者を取り込み、物語の世界に入ってからは各属性に響く情報が散りばめられていて心を捕らえるというロジック。しかしタイトルとビジュアルはあえて万人受けを外しているところも面白い。
私の周りでもいくら薦めても読まない人がいる。明らかに書名と見た目でさけている。特に普段よく小説を読む人にその傾向が見られる。マンガ感、ライトノベル感があるのだろう。実際この作品は軽い。ただし上質に軽い。それこそ漫画を読むような感覚で読み進められるが、それでいて文章や視点に唸らされるお得作品なのである。
このような作品を生み出せたのは著者の特異な能力なのだろうと思う。表現するのも難しいしおこがましいのだが究極の平民視点だと思う。著者自身が京都大学に通いながら同世代の活躍を横目に一旦就職し小説家を志すも断念。結婚出産を経てコロナがやってくる。
コロナがあって良かったことはリモートワーク技術が上がり、みんなの抵抗感も下がったことくらいだと思っていた。ところが我々が知らないところで成瀬あかりというキャラクターを生成していた宮島未奈の覚醒という奇跡が起こっていた。
遅咲きという失礼なワードを使ったが、社会人・結婚・出産を経験していることが著者の知識の広さにも表れているし、何よりその知識の使い方が自然過ぎて作品自体には重さを感じない。悪く言えば気付かない読者も多いと思う。でもそれは彼女が意図的にやっていると考える。たとえば現代の小中学校のリアリティなんて、身近に通っている子の気持ちを感じている人と感じた経験がない人とでは表現が変わってくるはずである。でもあまりにもリアル過ぎると重くなってしまう。
その時の年齢であった著者が「コロナの流行」と「西武大津店の閉店」という経験を新たに得ることによって能力が開花したのは、タイミングこそ偶然だが掛け合わされて成瀬が誕生することは必然であったと思う。コロナがなかったとしても、形やキャラクターは別のものになっていたとしても、多くの属性の人たちに感動を与える作品を生み出していたのは間違いない。
就職氷河期世代支援という幻想
私は世紀末に新卒で就職活動をしていたので氷河期世代ど真ん中である。
就職について個人的に苦労したかどうかというのは定義や見方によると思うので、そのことについてはあとで語る。
腹が立つのは最近になって就職氷河期世代支援を語りだした政治についてである。
断言するが選挙前のパフォーマンスか、本気でも的外れで深くは考えられていない焼け石に水な施策を打ち出してくるだけだ。関わった部署が中抜きして終わるだけで何の検証もせずに忘れるだけの誰も責任を取らない、下手をしたら支援名目で身内の私腹を肥やすだけの話である。
このブログでも何度か書いたけれど、名前だけ付けてやっている感をだしてアピールし効果の検証も結果の公開もしない。それでも国民は言うだけ番長党に票を入れる。もしくは選挙に行かない。そして変わらないと嘆く。当たり前だろ。面倒くさがりと危機感のない国民が作り上げたのが今だ。ワシは生まれてこの方番長党に入れたことはない。組織票集めの会員募集で勝手に親族の名前を書いても、集会で演説を聞かされても別の候補者に入れていた。組織票って何であんなに入るん?田舎の小さい投票所だと情報が洩れるとでも思っとるのか。まあ人数少ないとあるやろうな。利権がらみやと自分の勤める会社のために入れるというのも分からないではないが。しかしその結果が今。会社や個人が目の前の私利私欲をとった未来が今なのよ。
こちとら忘れてないからな。異次元の少子化対策ってどうなった?人生再設計第一世代とかぬかしてたヤツはそのあと何かしたのか?出来た出来なかったの結果発表わい。毎度毎度待ったなしってあおとったけど、それが正しいならもう手遅れやぞ。バブル世代以前の人間は保障された年金もらって死ぬだけやから他人事かもしれんが、おまえらの子や孫世代は地獄の未来じゃ。日本滅亡一直線じゃ。人口、働き手不足で社会のインフラも崩壊し、急遽税金を投入し移民政策で日本がガタガタになる未来が確定や!
有能な政治家やカリスマの登場を期待しているのではない。私利私欲や保身のための選挙パフォーマンスで政治家をやっている奴らと共倒れしたくないだけ。党利党略で国民を無視した政治、もしくは見当違いの施策しかやらない政治に飽きた。失敗上等、国や国民のことを真剣に考える政治家と心中するのは文句はないのだ。
先日コメ担当大臣が恐ろしいまでのスピード感で安い備蓄米を流通させた。彼の実行力はもちろん影響しただろう。ただたたき上げの議員だったらここまで出来ただろうか。農政族議員とのしがらみも無視出来ただろうか。国のために動ける政治家とは世襲議員にか出来ないのだろうか。
そもそものところ備蓄米の放出も一時的な施策であり根本対策ではない。おそらくコメの高値は続くし、そもそものところ値段が急に倍になった原因すらつかめていない。生産量は増えているなら去年の新米はどこに行ったのか。理由が分からないなら解決もないだろう。
話がズレたが就職氷河期世代の支援などもう遅い。就労支援や資格支援なんてされても雇う側はすぐ使えなくなる人材なんていらないだろう。アラフィフの氷河期世代にはもう手遅れ。何年も前から待ったなしと言っていたのは政治家で、待ったなしの期間はもう過ぎ去った。策などもうないので世代間ギャップを埋めるなら氷河期世代にお金を配ってください。
ここからが言っておきたい本題。就労支援に意味がなくなり金を配るとなった場合は、氷河期世代一律でお願いしたい。求人倍率が半分で物理的に就職からあぶれてしまった人は多かったと思う。そこから負の連鎖でずっと正規雇用にも就けずに生きてきた人もいるだろう。ただいろんなベクトルの努力でそれを避けた人もいた。第一希望の就職戦線で勝ち抜けずに挫折している者たちを横目に、就ける職で努力し花開かせた者、転職転職で頭を下げてきた者、非正規で耐え今は社員で頑張っている者など。大変だったのは就職出来なかった者たちだけではなく、ブラックな環境でも歯を食いしばり続けていた者たちも多いのだ。
私は就職先にステイタスも安定も求めていなかった、というか死ぬまでにやっときたいことを優先したせいで職に就くことには困らなかった。ただし会社に入ってみて知ることも多く、転職して多くの会社を渡り歩いた。倒産寸前、談合当然、完全歩合、昇給皆無。その間に子供だけは新卒採用までたどり着いた。将来に不安は残るが、子供が片付いたので自分が会社に求めることはあきらめた。あとは自力で定年までに別の収入を確保する努力次第だろう。よく報道される世代間の平均所得ってアレ嘘だろ。平均じゃなくて中央値を出せ。あれだけもらってたら誰も文句言わんだろ。
氷河期世代の支援に差をつけた場合は時の政権は終わると思っていい。これから団塊世代の票数は減っていく、若者は相変わらず選挙に行かない、氷河期世代の票の影響力が増す。だから急に支援なんて言い出したのだろう。これまで支援する支援する詐欺で何もやらなかったくせに。まあただ何もしないよりはましなので大いに知恵を絞ってほしい。ただし次間違えれば、自分の生活が精一杯で政治へ矛先を向ける余裕などなかった世代の怒りが爆発するだろう。表向きは氷河期を乗り越えたように見えるが、さんざん泥水をすすってきた者たちを最期に裏切ることはしない方がいい。
とは言っても氷河期世代も老害に加わりつつあり、そんな世代に支援の税金を投入しはじめたら、それこそ少子化対策なんて出来ないだろう。一律支援が出来ないなら一律無視で見捨てるのも国のためかもしれない。もう日本を立て直すには政治家は氷河期世代と刺し違えるしかないだろうな。団塊世代と氷河期世代が共倒れすれば人口グラフだけは正常になり、少子高齢からは脱却出来る。なーんてね。
しあわせは食べて寝て待て 感想 考察
久しぶりのブログ。タイトルのドラマがとても良かったので。
個人的に想像をはるかに超えて面白かった。そしてネット上で記される視聴者の支持もとても高かったように感じる。
近年面白く観させてもらったドラマは壮大で伏線回収が上手かったり、問題定義型の世の中に怒りをぶつけてくるような作品が多かった。
思いつくところではVIVANTや燕は戻ってこないなど。逆に笑えるドラマとしてバカリズム脚本作品が非常に良かった。しかし「しあわせは食べて寝て待て」はどこにも属してはいない。
主人公が病気になり、思い描いていた人生から外れてしまったためにどうやって立て直すかということが主題の作品である。フルタイム勤務も出来なくなり、違和感のあることにも反論する気力もなくなり人生設計もままならない。親には理解されず悶々とする日々。
この設定だけならさぞ暗い話なのだろうと思うし実際にそう思っていた。もちろん大笑い出来るような話でもないし明るい話ではない。でも観ているものは癒される。独特な空気感と特に大きく展開しない話に浸りたくなるのである。
この設定で「面白い」と思わせるシナリオや演者陣に脱帽。
このNHKのドラマ10枠、最近とてつもなく面白い。
しかしさすがに合わないのもそろそろくるかなと思っていたところにこのタイトル。
期待値は正直かなり低かった。
しかもネガティブで地味な主人公に、どちらかというと真逆なイメージが強い桜井ユキを配置。加賀まりこに宮沢氷魚もどちらかといえば強めのキャラクターだ。
ところが始まってみるとなんだこの雰囲気は。通常ドラマを観ていると次の展開が気になったり、勧善懲悪的なものを期待していて気分は落ち着いてはいない。しかしこの作品は第2話から癒しを求めて観ている自分がいる。
現実にはもう少し世知辛いのが世の中で、確かにそういう部分からドロップアウトした人たちの話なのだがこの団地はオアシス過ぎる。実際の集合住宅の組合や地域の近所付き合いなどには絶対異分子はいるし、私自身も苦手で積極的ではない。運動会の役員や奉仕活動などに参加はしているが、正直なところいまだに週休1日の会社で働いている身としては、貴重な休日は休みたいのが本音。
最近自分自身も体調を崩すことがあったので麦巻さんへの感情移入度は高かったのだが、こんないい人ばかりが周りにいる生活(もちろん自分自身こそが周りにいる人たちにとってのいい人ではない人間)というのはどこか異世界の非現実的な世界の話として観ていた。ドラマを観ている間だけの競争のない支え合うだけの世界。
先日新たにコメ担当大臣が任命された。本当にご苦労様と言いたい。コメが高かったらみんなで食べなきゃいいのに文句だけはぶつけてくる。でもそんな調整役を買って出てくれる人たちがいるおかげでなんとか暮らしていける。私ならどんなにお金を積まれてもごめんこうむりたい。
自分の生活で精一杯。他人の事や周りの人たちのこと。ましてや国民のことなど考えられる人は凄い。麦巻さんの自分を大事に出来るようになったという感覚は、イコールで他人に思いを寄せることが出来る余裕が出来たということなのだろう。大げさに言えば自分自身を大切にすることが世界平和につながるのだと。
宮島未奈 成瀬は信じた道をいく 感想
今年は未だに大河の総括もM-1の感想も記していない。やる気が起きないという感じではなく、むしろ何かいつもの年よりも面白くなるような気がして既に昨年を振り返れないという感覚が近い。その第一弾がまさに「成瀬は信じた道をいく」 かつてこれほど続編の発売日が待ち遠しかった小説があっただろうか。しかし発売日が1日遅い地域に加え大雪の影響でトータル3日遅れでの入手となりフラストレーションの反動であっという間に読み終えてしまった。昨日は前作を読み直し、本日あっという間に読了。
続編はクオリティが下がる覚悟はあった。前作の衝撃の1話目と比較しまうのは流石に無理があるとは思いつつ、今作の1話目はちょっとマイルドかなと感じながら読み進めた。それはアイドリングに過ぎなかった。いやアイドリングはみらいちゃんに失礼か。何はともあれ今回の成瀬の行動も、各話の連携具合も見事としか言いようがなかった。続編にありがちな残念感は一切なく、いい意味で成瀬は読者を裏切らずシナリオは想像を裏切る完璧さだった。
遂に未来の話に突入してしまった。このブログを読んでおられる方は皆無だと思うが、北陸新幹線敦賀駅や武将スタンプラリーなんて誰ドクな話なん?わしドクじゃねーか!とひとりツッコミしたくなるくらいの私用成瀬作品になっていてびっくりした。2025年、2026年の成瀬は私の生活圏内ともろ被り。金沢は最近行ってないけど、敦賀も大津も関ヶ原も完全にテリトリー。絶対成瀬とすれ違ってるw
今回は成瀬視点の話はなかった。でも前作以上に彼女の輪郭が鮮明になり、胸の内も知れた気がする。期待していた彼女を形成した生い立ちや将来の目的も少し描かれていた。前作の最終話で意外と人間臭く動揺する成瀬が見られたが、今回も島崎がらみになると少し弱いところがほっとする。孤高の天才成瀬もツッコミの天才島崎も、お互いが相思相愛であることを認識出来ないところだけは凡才である。
どうする家康 第48回 感想 こいばな神君
総括ではなく純粋に最終回のみの感想。個人的にいつもと異なるテイストで始まり回想シーンでまとめる最終回が最も嫌い。今回まさにそれだった。ただ「どうする家康」の場合はその個人的に毛嫌いする理由の部分を裏切ってはきた。
回想まとめ最終回が嫌いなのは無駄だから。それをやったら最終回としての新作を放棄しているように感じてしまう。終わりまで新鮮な驚きを追求してほしい。そういう意味では「神の君へ」は完全なる新作だった。しかも晩年ではなく皆が若いときに既に撮ってあった最終回用エピソードも盛り込み。
そして主人公が迷いに迷ったまさに「どうする」への答えも、亡き妻子と今を生きる孫を登場させ上手くまとめられた。最終回前に松潤と古沢良太が結末に向けての打ち合わせでかなり悩んでいるシーンが映されていたが、半分はかなり前に決められていたという部分が最大にダマされたw
戦争をなくすために戦争をする整合性・・・どこかで聞いた気がする。というかおそらくよくある設定。代表的なのは山田裕貴が異常に大好きなガンダム00。武力による戦争根絶。今回の大河でその答えが出たとはいえない。しかし戦好きの亡霊たちをすべてつれてこの世を去る家康の姿はラストにして格好良かった。
小栗旬・・・いる? 大河送りも最近ハヤリだけど、真田丸の赤備えつながりのように流れに盛り込む自然さがほしかった。ちと強引。総括は別で頑張って書きます。
いとうまい子・・・おいしい給食からの刺客w
どうする家康 第47回 感想 しまいと千姫
戦国の姫の心情を想像するのは難しい。現代の感覚で可哀そうにと思うことは簡単だ。しかしそれは北朝鮮や新興宗教の映像を見て洗脳されていると片付けることに似ている。通常の日本人でも有事となれば天皇陛下万歳となり、何かにすがったりあるいは責任転嫁してしまうことが往々にして起きる。
戦国大名の娘。この時代のその立場の異常状態を受け入れなけらばならなかった人たち。政略結婚の矢面に立ち裏切りがあればそれに従わざるを得ない。しかし彼女たちはもしかしたら戦っている感覚だったのかもしれない。男たち以上に。
そんな想像をしながら大河を見ているとどこか千姫だけが、一時よく聞いた現代からの転生ものドラマの主人公のようだった。豊臣家に嫁ぎながらも実家である徳川家とも円満でいたい。ずっとどっちつかずで右往左往。しかしおじじの容赦ない大筒攻撃と、彼女をかばう義母茶々の行動により反徳川として立ち上がる。
なるほどなぁという感想と今さらかという感覚が交差する。もちろんどんな人でも関係のある人同士が争うことは嫌だろう。ただこの時代の姫として表向きはどう振舞っていたのかは分からない。しかし交戦状態になってしまっていることを受け入れるのが遅くイライラさせる。なんとなくこれこそが今回の脚本の核心だった気がする。
「どうする家康」を受け入れた視聴者と受け入れなかった視聴者の境界。それは総括にて。
どうする家康 第46回 感想 あれだす大坂
家康の歴史が長いにつきる。大阪の陣のかけ足感。彼の歴史を45分×48話では足りない。そうなると大きな出来事に焦点を当てざるを得ないが、それではおそらくありきたりな大河になる可能性が高い。今回の大河はそういう意味では良かったと思う。瀬名や側室、家臣団の関係性や言い伝えの絶妙な取り込みなど。
しかしそこに力を入れすぎると、本来クライマックスに置きたいものの物足りなさに影響してくる。「真田丸」は幸村が主人公だった。大げさに言えば真田信繁の歴史は真田丸の1つの活躍に集約される。しかも人生の最終盤。いやが負うにも最終回に向けて期待を上げやすい。
歴史が少なく自由度の高い主人公、歴史が長くいかに皆が知ってる話を裏切れるかにかかる主人公。どちらも脚本家の力が試される。まだ残り2話に期待したい。
どうする家康 第45回 感想 したたか秀頼
次週は早くも真田丸戦。関ヶ原からの駆け足感。それでも秀頼と秀忠を比較し、次世代を見据えた戦いであることを掘り下げていた。
秀頼と秀忠の能力的なことは別にしても、残された文献から性格を読み取ることはなかなか難しいだろう。実際頼りない秀頼だったり、勇猛な秀忠だったりする設定のドラマや小説はある。しかし今回秀忠が凡人設定で気弱なことに意味を見出しているところはとても面白い。家康もかつては弱腰の主人公だった。天下を治めるには力ではなく民意を尊重した道徳政治こそが王道。武力の統治は己の1代で終わらせる家康の決意が大坂の陣といえる。
戦国末期に生まれ片や関白、片や将軍の2代目という運命。手を取り合える術はあったかもしれない。しかし三成と家康が決着をつけたように、中途半端な火種を残せばいつか反旗の狼煙が上がりかねない。いまだ家康以外成しえていない300年の統治には豊臣家の排除は不可欠だったのだろう。
そういえば今年の秋開始のドラマは録るだけ録って観ていないものが多い。「コタツがない家」は先週ようやく1話を観てみたら秀頼役の人が息子役だった。凄い掛け持ち。最後まで見るか分からないけど一方は若くして亡くなってしまうので、せめてもう一方はハッピーエンドになってほしい。いきなりなんだかよく分からないハードな人生を選んでるけどw
どうする家康 第44回 感想 しかられ秀忠
退場用消化試合。みんなナレ死。直政は回想のみ。最後までにもう一回盛り上がれるところはあるだろうか。大阪の陣の主人公側の取り巻きはほとんどいなくなった。家康が亡くなるまで生きているのは本多正信と渡辺守綱くらい。新キャラが正信の息子だけでは寂しいところ。ちょっと最終回に向けて心配。
豊臣方も三成なき今、全体的にみんなキャラが薄いので茶々だけが息巻いている印象。ほとんど家康&正信 VS 茶々&秀頼にしか思えない。もう少し中盤までの登場人物を抑えて終盤目立つキャラがほしかった。頼みの幸村も今のところ印象は少ない。どうするんだろこれ。
大河ドラマの終盤が盛り下がるのは仕方がないし家康が長生き過ぎたせいもあるが、ここまで登場人物がスカスカになってしまうのは珍しい。とはいっても勝ち戦の勝者側には皆興味は少なく、豊臣方の五人衆に比べるとどの武将を取り上げてもインパクトは少ない。人間関係からいえば秀忠、正宗、信之あたりに際立つ俳優を配置しても良かったかなとは思うけれど。
茶々はこのまま単なる悪役で終わってしまうのか。どうする家康の幕引きこそどうする。